私の目指すセラピーは、真の解決志向

 

あづまです。こんにちは。
 
私が目指しているセラピーのスタイルは、
真の解決志向である、ということを、最近改めて意識しました。
 
最近、コーチングも学んでいるのですが、コーチングは基本的に解決志向です。原因を掘り下げるよりも「どうなったらいい?」「どうしたい?」「どうなりたい?」そして、「既にできていることは?」ということを問いかけることが、基本的に多いわけです。
 
そういえばここのところずっと(4〜5年ぐらいは)解決志向という言葉を使っていませんでした。なぜ使わなかったかというと、
 
 
私は、「浅い解決志向」が嫌いだから、です。
 
 
何でもかんでも、目的の方に目を向ける、解決方法の方を見る、とやると、
インナーチャイルド的課題などの、過去の未解決の問題を、
 
フタして無視する、という対応になりがちです。
 
いわゆる、無理矢理ポジティブ、ムリポジ君です。
 
 
ムリポジ君、見てると痛いんで。
それやめようよ、って思っちゃう。
あんまり効果的に前に進んでないよ。
 
 
それで、勘違いを誘発する言葉は、私は使うのを控えるので、解決志向という言葉は使わないようにしてきましたが、
 
でもやっぱり、自分の基本は解決志向にあるんだよな〜
って改めて思いました。
 
 
コーチングのスキルを学ぶと、
自分がセラピーで大事にしてきたことばかり。
 
てことは、私がやってきたことは、
セラピーと名のついた、コーチングなのか?
と思ったりして。
 
 
ただ、ひとつだけ、
典型的なコーチングと、
私が大事にしているセラピーの、大きな違いがあります。
 
 
それは、
過去の痛みを癒すこと
過去の未完了の事項を完了させること
ということに対して、むしろ積極的に扱う、という点。
 
 
解決志向セラピーの先駆者である、
ビル・オハンロンは、こう述べています。
「過去の感情を解消することは、解決志向である」と。
 
過去の感情的わだかまりがあるとき、
それとちゃんと向き合わずに前に進もうとすると、
かなりしんどいことになります。
 
 
たとえばね。
父親が母親に暴力をふるっていた家庭で育ったとするでしょ?
で、そのことに関する心の痛みを、封印したまま生きるとする。
 
「どうしたい?」
「何を目指したい?」
「どんな人生を歩みたい?」
「あなたは、社会にどう言う影響を与えたい?」
 
まあコーチング的な質問を投げられたとするじゃない?
 
過去の感情が解消していないと、
 
過去の感情を解消するために、
他人を利用したり、
仕事を利用したり、
社会を変えようとしたり、
 
してしまうわけ。
 
 
極端な話、そういう過去を持っている人が、
弁護士になったとして、
DV夫に、やたら厳しい法的要求をするかもしれない。
(それはそれで、妻側を助けることに、役立っている面もきっとあるけど)
 
現実を見た、公正な判断というよりも、
過去の自分の恨みを晴らすための行動になってしまう。
 
 
仕事でなくて、恋愛もそう。
 
愛してくれなかった親の分まで、
この人が私を愛してくれなければ困る。
 
内心、そう感じているまま、
それにフタをして、依存的じゃないフリをしても、
そう長いことごまかせない。
自分がしんどくなって別れたくなるか、
相手にその怒りをぶつけて、関係を壊してしまうか。
いつか、問題は爆発する。
 
(あとよくあるパターンは、そういう依存的な要求を、
 全部叶えてくれる(ように見える)人は結構、
 プレイボーイに多いので、そういう人ばかり引き寄せる、
 というパターン)
 
 
だから、
過去の感情を解消しておくことは、
未来のため、なんですね。
 
 
但し、なんでもかんでも、
親子関係に原因がある、みたいに考えたり、
過去のわだかまりを解消すれば全部解決する、みたいに、
 
過去ばっかり見るのも、
生産的でないと、私は考えています。
 
 
基本的に、
「どうなりたいか?」
「どうしたいか?」
という望みを大事にして、
そして、
「既にうまく行っていることは?」
「過去にうまく行ったことは?」
という、成功パターンを見つけることを大事にします。
 
そういう、解決志向の土台の上に、
 
未来に向けて進む上で、
「過去の感情」が一番の障害となって立ちはだかっているとき、
そこを無視したり、逃げたりすることなく、
しっかり扱って、解決する。
そうやって、ブレーキを外して、前に進みやすくする。
という方針が乗っかるのだと考えています。
 
 
今までそれを、大事にしてきたし、
これからも、大事にしたいと考えています。