正当な批判と、不当な批判を見分ける

 

相手をどうにか動かしたいと思う場合、その相手が人の意見を聞く耳持たなかったり、聞いているフリをして聞き流していることが多いのではないでしょうか。
 
すると、こちらが一回言っても、相手は動いてくれない。
そんなことが多いと思います。
 
そのような相手との関係においては、批判を受けることも多くなります。自分のことを反省しない人は、他人を責める傾向がありますので。
 
しかし、相手の言い方が悪いからといって、こちらまでひどい言い方をしていいというわけではありません。それでは、結局相手と同類になってしまっただけで、何も改善しません。
 
悪い例:
「おまえ顔が変だよな。そんなヤツにつき合ってやってることを感謝しろよ。」
「なによ、あんただって、いつも人に金せびるばかりじゃない。少しは甲斐性見せなさいよ。」
 
一回は一回。
やられたらやりかえす。
 
残念ながらそれでは、よい人間関係は作れません。
 
 
まず始めに必要なことは、批判には2種類あると知ることです。
・正当で建設的な批判
・不当な批判や、中傷
 
そして、正当で建設的な批判は、言うことも聞くこともできるのが大事。
(嫌われるのを怖れて正当な批判を言えないのもまた、問題なのです)
 
不当な批判や中傷は、言わないのはもちろん、言われても受け取らないという姿勢が大事。
上の悪い例は、不当な批判をお互いに言い合っているのです。相手がやったからといって、こちらもやる、ということのないようにしましょう。
 
正当な批判の例:
たとえ、相手の見た目に関することであっても、変えられることなら正当な批判になります。
「○子さん。言いにくいことなんだけど、お化粧の仕方でね、アイラインを強く入れているでしょう?私の感じ方なんだけど、ちょっと怖い感じに見えるんだ。もう少し薄い色にする方が、キレに見えると思うよ。」
正当な批判とは、自分の気持ちに正直に、相手のことを思いやり、具体的で、改善の提案になっているものです。
 
自分がそのような正当な批判を言えるようになることも大事ですし、相手から受けた正当な批判は、きちんと受け止めて、直すべきところは直す、直せないところは素直に「今は無理」などと認めることが大事です。
 
正当な批判と、不当な批判の違いを見分けるポイント:
 
正当な批判は、「言い方」「行動」「態度」「考え方」など、本人が自分の意思で変えられる部分について、具体的かつ建設的に提案するものです。
 
一方、不当な批判とは、「(変えられない)容姿」「生まれ」「人格・性格」や本人が触れないでほしいと思っているところについて言及してしまっているものです。
また、「期日までに書類を仕上げてほしい」という具体的な要求は正当な批判ですが、「仕事がだらしない」という、あいまいで人格にかかわる表現になると不当な批判になります。
 
 
正当な批判まで、耳を貸さなくなってしまっては、困った人になってしまいますし、
不当な批判まで全部受け取ってしまっては、生き生きと生きていくことが難しくなります。
 
批判は、どうしても耳に入ってしまいますから、受け取る、受け取らないというのを判定する前に始めのうちは自分の心が傷ついてしまうこともあるかもしれません。
 
慣れると、どれが受け止めた方がいいもので、どれが受け取らなくていいものか、すぐに見分けがつくようになっていきますので、
 
まずは、正当な批判と不当な批判が見分けられるようになるよう、意識してみることをオススメします。
 
正当な批判と不当な批判を見分けたあとは、正当な批判を受け入れ、必要なら素直に認める、の記事を参照してください。


 

「正当な批判と、不当な批判を見分ける」への2件のフィードバック

  1. あづま先生、こんばんは。
    TVとかサイトもいつもみて、勉強させていただいています☆
     
    わたしは、自己表現とか感情のコントロールが苦手です。
     
    人のせいにするわけではないのですが。。うちはあまり家庭環境がよくなくて
    母から、罵られたり、喧嘩ばかり見てきて「こういうのは嫌だ」とか
    どうしたらいいのかわからない、とか人に聞いたりする
    自分の言いたい事を言えずにいました。
    それと同時に、人の顔色ばかり伺っていて
     
    付き合う男性に対しては特に、そっけなく感じたり
    慣れてきたりすると、雑な部分を指摘したり
    気持ちを疑ったり
    自分で関係を悪くしてしまいます。
     
    いま付き合ってる人は、友達と会ったりすることなく
    一人ばかりで、仕事か家でのんびりしたいタイプで
    自分の話をしません。
     
    寂しいなぁとか、会いたいなぁとかの表現もなく
    出る言葉が世間知らずなカチンとくることばかりで
    喧嘩ばかりしています。
     
    初めのころは、何も言わず耐えてることが多かったので
    ちゃんとアピール(正しい言い方で)しなければいけなかったのかも
    しれませんね。
     
    最近、ここのサイトを見ながら思ったのですが
    心の奥底に、彼に対してだけでなく
    なんだか怒りがたまってる気がして。。
    まずは、そんな感情と向き合っていこうと思いました。

  2. いるかさん
     
    コメントありがとうございます。
     
    こうして、記事を読んで、自分のことを省みて下さる方がいると、
    書いた甲斐があるなぁ、と嬉しくなります。
     
     
    本来なら、親からの承認がいっぱいほしい時期である、子供の心で、
    >母から、罵られたり、喧嘩ばかり見てきて
    こういう環境を経験したことは、辛かったですね。
    心中お察しいたします。
     
    ひょっとすると、そのような経験の中で、黙って耐えた方が嵐が去ってくれるという経験などをされた(推測ですが)ことから、自分にとって一番安全な対応として、潜在意識が
     
    【黙って耐えることこそ最高の対応策】
     
    と、学習してしまったのかもしれませんね。
     
     
    このような、幼少期に身についた心のクセは、セラピーなどを通じて解決した方が、解決は早いと思うのですが、
     
    自分でもできる方法をひとつ、ご紹介してみたいと思います。
     
     
    それは、自分のクセを、言葉にできたら、という条件付きなのですが、
     
    たとえば、
     
    【黙って耐えることが一番安全!】
     
    っていうルールが自分の中にあると気づいたら、
     
    その前に、条件をつけてしまうんですね。
     
    たとえば、
    【精神的にいっぱいいっぱいの人の前では】
    【黙って足ることが一番安全】
    というように。
     
    呪文のように唱えているうちに、
     
     
    あれ?
    私って、
    精神的にいっぱいの人とばかり関わってない?
     
    って自然に思うようになったら、その呪縛から少し抜け出しています。
     
     
    条件文としてつけてみるといい候補は、上記のものの他には、
    【愛情不足の人の前では】
    【精神的に未熟な人の前では】
    【本当の思いやりが分からない人の前では】
    などがいいかもしれません。
     
     
    まぁつまり、
    幼少期についたクセも、使いどころはあるわけですから、
    決して自分を否定してしまうことなく、
    条件をつけて、こういうときには使える、
    という風に認めることが大事なんじゃないかと。
     
    そして、切り替えもできるようになろう、と。
     
     
    この方法がお気に召すかどうか分かりませんが、
    まあ、やってみようと思ったら、やってみて下さいませ。

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